島倉千代子さん死去の時、家族はいたのか?

人生いろいろで孤独な晩年だったそうです。

 

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島倉千代子の来歴

名前:島倉千代子(しまくらちよこ)
1938年3月30日生まれ-2013年11月8日没
東京市品川区北品川出身

 

 

警察官の父、島倉壽雄(としお)、母、ナカの元に、二男四女の四女として生まれる。

7歳の頃に、長野県松本市へ疎開した。

井戸から水を運んでいる最中に転んでしまい、水の入った瓶を割り、左の手くびからひじまでをケガする。

 

切断はしなかったものの、47針を縫い、感覚もなくなり、動かすことができなくなる。

 

9歳で登場に戻る。

姉の敏子は歌がうまかったが、小児麻痺のせいで、歌手の道を断念。

島倉千代子は姉のために自分が歌手になることを決意。

 

 

1954年、コロムビア全国歌謡コンクールで優勝し、1955年に「この世の花」でデビュー。

ミリオンセラーとなり、大ヒットする。

 

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島倉千代子の家族との軋轢

島倉千代子さんは、自身のヒット曲「人生いろいろ」の名の通り、波乱万丈の人生を送った方です。

中でも家族との関係も色々あったようです。

 

 

1963年、25歳の頃に、父が死去。

悲しみの中、支えてくれた元阪神タイガースの藤本勝巳と結婚。

母親の反対を押し切っての結婚でした。

結婚前に妊娠していたものの、中絶。

結婚後にも2人の子を妊娠するが、中絶したそうです。

 

 

1972年には、母のナカが脳軟化症により死去。

1975年に以前から診察をうけたことのある眼科医、守屋義人に頼まれ、実印を貸してしまいます。

その眼科医だけでなく、全くの他人にまで使用され、多くの人の保証人になってしまったのです。

 

 

また、島倉千代子が信頼していた、前出の眼科医は、島倉千代子さんの命の恩人で、不倫関係にあった人でした。

その守屋義人さんが事業に失敗して蒸発。

島倉千代子は連帯保証人になっていたため、前出の借金と合わせて、20億の負債を負ってしまいます。

地方回りやコンサートで足かけ7年で返済しました。

 

 

また、1988年、姉の敏子が目黒川で投身自殺しています。

 

 

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島倉千代子さん死去の時、家族はいたのか?人生いろいろで孤独な晩年

島倉千代子さんは、2010年、72歳の時、肝臓癌を患い、入退院を繰り返しました。

闘病していたが、2013年に中目黒の東京共済病院に再入院。

11月8日に容態が急変し、眠るように死去したそうです。

所属事務所の女性が看取ったといいます。

 

 

歌手として栄華を極めた島倉千代子さんでしたが、最後の瞬間に肉親はいなかったようですね。

まさに波乱万丈な人生です。