飛行機事故で亡くなった有名人についてまとめました。

飛行機事故に遭遇する確率は、0.0009%と言われていますが、そんなに低確率にも関わらず、有名人が飛行機事故で亡くなることもあります。

 

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歌手、坂本九さん

本名:大島久(おおしま ひさし)
1941年12月10日 – 1985年8月12日没
神奈川県川崎市川崎区出身

 

坂本九さんは昭和の歌手です。

「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」「明日があるさ」など数々のヒット曲で知られています。

妻は女優の柏木由紀子さん。

1985年8月12日、NHK-FM放送での仕事を終え、大阪府の友人の選挙応援のために、事務所開きに駆けつける途中、日本航空123便墜落事故に遭遇し、帰らぬ人となりました。

享年43歳。

 

日本航空123便墜落事故

 

日時:1985年8月12日
ルート:東京羽田発、大阪伊丹行
飛行機:定期123便ボーイング747SR-46
事故原因: ボーイング社の不適切な修理が原因とされる後部圧力隔壁の破損
死者数:524名中、520名が死亡(乗客乗務員含む)

 

お盆の帰省ラッシュ、夕方のラッシュ時の瓶であったため、多くの犠牲者を出した。

死者数は、日本国内で発生した航空機事故としては最多である。

航空事故調査委員会が公表した報告書では、1978年6月2日に伊丹空港で同機が起こしたしりもち着陸事故後のボーイング社の修理が不適切だったことが事の発端。
そのため、圧力隔壁が破損し、垂直尾翼、補助動力装置が破損、油圧操縦システムも全喪失した。

迷走した末、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称:御巣鷹の尾根)に墜落した。

 

明石家さんまも、「オレたちひょうきん族」の後、123便で大阪入りする予定であったが、収録が早く終わったことで1便前の、全日空便に搭乗しており、難を逃れた話は有名である。

それ以来、東京-大阪間の移動は新幹線を利用するようになった。

 

 

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脚本家、向田邦子さん

画像引用:http://www.kcic.jp/art/18185

名前:向田邦子(むこうだくにこ)
1929年11月28日 – 1981年8月22日没
東京都世田谷区若林出身

向田邦子は日本の有名な脚本家です。

代表作は、「阿修羅のごとく」「あ・うん」など。

1981年8月22日、取材旅行のため台湾に出かけた帰りの便で、遠東航空機墜落事故に遭遇。

享年51歳でした。

 

遠東航空103便墜落事故

日時:1981年8月22日
ルート:台北松山空港発-高雄行き
飛行機:遠東航空103便ボーイング737-200
事故原因: 海洋に近い台湾島内を飛行しており、塩水の影響で与圧隔壁の腐食が進行していた
死者数:110名全員(乗客乗務員含む)内、日本人は18名

 

 

台北を午前9:54に離陸。

14分後に、台北の南南西約150キロメートルの苗栗県三義郷上空高度6,700メートルを巡航中、突然空中分解し、山中に墜落した。

事故機は1969年製造で、そんなに古くなかったが、海洋に近いところを頻繁に飛行していたため、塩水の影響で与圧隔壁の腐食が著しく進行していた。

海外旅行に頻繁に出かけていたが、飛行機嫌いであった。

(1981年5月に「ヒコーキ」というエッセイで、「私はいまでも離着陸のときは平静ではいられない」と書いていた。)

取材旅行の同行者には、20代の女性もいたという。

 

 

事故後、向田邦子さんの実弟さんが台湾までいき、遺体を確認されています。

※著書「姉貴の尻尾」に収録。

 

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飛行機事故まとめ

 

飛行機事故はいざ起きてしまうと、免れようがないのが怖いところです。

今後二度とこのような大規模な飛行機事故が起きないことを祈ります。